(余談) 米国ポルノ発達史

Deep Throat (1972)

米国のアダルト映画に革命をもたらしたとも言われ、70年代を象徴する社会現象ともなった記念碑的作品Deep Throatの時代背景と周辺事情や内幕などを取材したドキュメンタリー映画Inside Deep Throatを鑑賞する機会に恵まれる。これは必見です。国内では六本木ヒルズのヴァージンTOHOシネマズで11月12日より一般公開予定とのこと(恐らく関西でも遅れて上映されると思う)。

Deep Throatとは

ざっくり言えば、コメディとハードコア・ポルノが合体したような作品。全体のストーリーは、Linda Lovelace扮する女性が不感症に悩んでいて、Harry Reems扮する医者に診察を受けたところ、クリトリスが陰部ではなく喉の奥に付いていることを発見され、大深度フェラ(笑)すなわちdeep throatをやればオーガズムを得られてよかったね、という突拍子も無いものである(苦笑)。更に詳しいストーリー概要やレビュー等を読みたければ適当にググってみられよ、その方が早い。
今を遡ることかれこれ33年前(!!)の作品であるものの、幸いなことに現在でもDVD版で容易に入手可能なので(日本のamazonでも18禁で売ってます)、とにもかくにも現物を一度観てみることをオススメします。あるいは、米国のホテルに宿泊すると、ほぼ間違いなく有料アダルト番組のメニューの中に入っているので、向こうに行かれるご予定の方は是非ともどうぞ(苦笑)。

性解放と性表現の自由の交差点

Inside Deep Throatで解体されるDeep Throatの裏事情あるいは周辺事情とは、概略次のような感じである:
  • 監督Gerard Damianoが作品を産み出す契機。NYで理容室を経営していた彼が、お客である女性達から夫婦生活の不満を散々聞かされたことが大きなきっかけになっている。キリスト教的価値観が強固なアメリカにおける根深い性的抑圧やタブーが背景にある(今も深層はそんなに変わらない)。
  • アングラからの脱却。低予算のブルー・フィルム的なポルノではなく、主義主張を伴うストーリー性を持った映画としてハリウッドへの進出と共同制作までもが夢想された。が、家庭用ビデオの普及に連れ、現代のポルノはそれとは正反対の方向に進み、かくして個々の作品のお手軽低予算化と部品化に比例する形で進行する商業主義と一大産業化。その象徴がSexpoの開催といったところか。
  • マフィアの介入。資金源、スポンサーはマフィアであった。映画がセンセーションを巻き起こして大ヒットを記録し始めるとDamiano氏の手を離れる。他の出資者から買い取りを持ちかけられて承諾。「とにかくこれ以上関わりたくなかったから」。何を意味するかは分かるでしょう。これだけカネがうなるようになると、マフィアと各上映館との利益の分け前を巡るトラブルも色々と。集金システムの確立と当局との追いかけっこ。
  • 血眼になった当局。皮肉なことに、当局の強硬姿勢が予期せぬ宣伝効果を発揮して大ヒットのきっかけとなった。次第に公然猥褻の追及とマフィア取り締まりが複雑に絡み合って行く。男優のHarry Reemsはスケープゴートにされて臭い飯を食う羽目に。表現の自由侵害の危機感からハリウッド俳優の多くが声を挙げたにも関わらず。
  • ポルノのその後とフェミニズムの逆襲。当初は性解放の同志と思いきや、性の商業化に反対する声が台頭する。槍玉に挙がるグッチョーネ氏(Playboy社主)。主演女優のLinda Lovelaceは、自身のDVも一因となってポルノ反対派に転じるが、後々再復帰してヌード写真集を出版する節操の無さ。単に時代の流れに翻弄されただけという人生の悲哀。2002年に交通事故が原因で逝去。
要するにDeep Throatは、当時のフェミニズムに代表されるような女性の性解放と、性表現の自由を巡る論争と価値観変転の交点に位置する時代の産物の一例と言える。Inside Deep Throatは、丹念にこうした過去の記憶を掘り起こしつつ、Deep Throatがエポックメイキングな社会現象となった所以を解明し、なおかつ現世代のsexualityへ及ぼした影響(オーラル・セックスのタブーを打ち破った、クリトリス・オーガズムを大っぴらに前面に出した...)、現代のアダルト映画へと続く分岐点になった(ハリウッド製劇場公開映画における濡れ場シーンの一般化、一方でビデオ作品のハードコアものは極端に結合重視で即物的になるなど二極化...)歴史背景の一端を垣間見せてくれる。
蛇足。「即物的」というのは、今の洋物ハードコア・ポルノが、人間の性交と言うよりもむしろ、まるで人間のものとは思えないマンコと巨大ティムポという単なる物体の結合(苦笑)を客観的に観察しているかのようだ、という感想を込めている。Deep Throatを含め、70年代のポルノを見ると、女性の陰部は陰毛生え放題で幾分人間味があったものだ(男優もそうだ)。しかし現代の洋ピンでは、ほぼ例外なくツルテンテンに剃り上げた選りすぐりのサーモンピンク・マンコ(笑)だけをこれでもかと言う具合に見せつけられる。これが崇高にすら思える一方で、工業製品のような規格品質管理による合理性が行き着いた先の「とにかく高品質マンコを見せればええんやろ」というようなお役所仕事を連想させ、観る者をかえって萎えさせる、と悲嘆に暮れているのは私だけか(苦笑)。

脇を固めるその他の参考になる映画

昔の話なので、歴史を知る上での補強材料があった方が色々と理解が深まるかと。個人的にオススメの関連映画を以下に列挙、ご参考まで:
  • Kinsey:40年代の話なので時代はさらに遡るが、sexualityに関してはDeep Throatへの伏線と言うに相応しいと思う。つい最近公開されて話題になったので多言を要しないであろう。
  • Debbie Does DallasDeep Throatと並んで大ヒットとなった70年代を代表するハードコア・ポルノ。78年作。あっけらかんと屈託の無い、明るいポルノといった印象。そういう雰囲気はDeep Throatによく似ている。フェラ・シーンの多用もDeep Throatの影響大か。DVD版が出ているが、バッサリ編集されてしまっているようで悪評紛々。
  • The Legend of Ron Jeremy:米国ポルノ業界の生き字引的存在である男優の半生記ドキュメンタリー。ポルノ産業の内幕を別の角度から眺められる。
  • The People v Larry Flyntアメリカの性表現の自由を巡る論争に関してこれは必見の映画。ご存知Hustler創始者Larry Flynt氏(Inside Deep Throatにもほんの少しだけ出る)の半生記ドラマ。ガチガチのキリスト教保守派の価値観から逃れられないアメリカの状況がよく描けている。Deep Throatの裁判闘争と瓜二つ。Kinseyとも通底している。ブッシュ政権下の現在は言うまでもなく保守派揺り戻しの状況。こういうニュースを読むと同情を禁じえず(苦笑)。